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フラワーデザイナー 田畑穂乃美さん インタビュー前編

こんばんは、JOUROライターの岩田紫苑です。

現在JOUROでは「虹ノアトリエ」いう花業界専門のオンラインサロンを運営しています。ありがたいことに、サロンメンバー数は400名を超えてきました。皆様、日々精力的に活動されているため、サロンメンバーさんの活動をレポートさせてください。


本日ご紹介するのは、フラワーデザイナーの田畑穂乃美さん。アルバイトや専門学校にて、お花のスキルを学んだのち、フラワーコーディネーターとして、結婚式場の装花を担当。さらにインテリア業界に転職後、現在はフリーランスにて、店舗のない花屋を運営されています。学生時代はお花一筋でしたが、社会人になり、視野が広がったそう。

前編では、フリーランスに至るまでの経緯を詳しくお伺いしています。





本日は宜しくお願いします!

お花の仕事に携わろうと思ったきっかけを教えていただけますか。

幼少期の時の、母の日の思い出がきっかけです。少ないお小遣いを貯め、それでも結局はお小遣いが足りず、父がお金を出してもらった記憶がありますが…1人で近所のお花屋さんにお花を買いに行き、母に花束をプレゼントしました。カーネーションとかすみ草のシンプルな花束でしたが、母はとても喜んでくれましたね。その笑顔が今でも忘れられなくて。


心がなごむエピソード、ありがとうございます。

そのような素敵な思い出から、大阪ビジネスカレッジ専門学校フラワーデザイン学科に入学したのでしょうか?

そうですね。進路を決める際に、思い浮かんだのは、母を笑顔にした花束でした。

周りの友達は大学受験を決意するなか、改めて何をしたいのか自問自答を繰り返しました。


「好きなことを仕事にしたい。そして誰かを笑顔にしたい。」

そう思って、お花をもっと勉強する専門学校に入学しました。


その後、フラワーコーディネーターとしてのキャリアをスタートさせたんですよね。

思い出に残っているエピソードや、大変だったことは何でしたか?

はい、フラワーコーディネーターとして、結婚式の装花を手掛けていました。

新郎新婦様に、カタログから会場装花のデザインを選んで頂くのですが…

当時、担当した新郎新婦様が持ってこられた会場装花の写真が、カタログには掲載されていないデザインでした。打ち合わせでは、ラフ画を書いてご説明したり、なるべくイメージに近づけるように、ご提案。木々をまっすぐに生けこむデザインだったのですが、こちらでご用意できる花瓶が大きめのものしかなく、ご希望にそったデザインに仕上げるのに苦労しました。しかし、当日は二人とも喜んでくれて、お手紙までいただきました。私まで幸せな気持ちになり、心に残っている思い出です。





まさに、幸せのおすそ分けですね。

ご希望にそえるように、工夫しながら対応されたからこその、最後のお手紙だったのではないでしょうか。


その後、1度フラワーコーディネーターから離れた、とのことですが…

現在は、店舗のない花屋を運営されています。

再びお花の仕事をしたいと思ったのは、なぜでしょうか。

はい、学生の頃からお花屋さんでアルバイトを経験し、そのままお花の学校へ通い、フラワーコーディネーターになりました。今までお花一筋だったので、他の業界や、他の分野を学びたい、いう気持ちが芽生えた時期でした。もちろん、お花が嫌いになったわけではなく、お花の仕事には今後も携わっていたいという気持ちもあります。

例えば、自分でお花屋さんを経営するなら、インテリアにもこだわりたい。

そんな想いから、インテリア業界にまず転職しました。今は、また別の仕事をしていますが、フリーランスとして、お花の仕事も並行しています。

視野を広げて、得た学びやスキルを、軸であるお花の仕事に生かしていきたいですね。そして、もっと素敵なお花を生けられるように、精進しています。





なるほど。フラワーデザイナーとして、キャリアを磨くための転職ですね。

ステップアップを志す姿、とても素敵です。


次週の後編では、現在運営されている「店舗のない花屋」について、

詳しくお伺いします。


▶フラワーデザイナー田畑穂乃美さん




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